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がん治療に役立つ免疫細胞をiPS細胞から大量につくる技術を確立

T-CiRA’s Science Series

私たちの体内にある免疫細胞のうち、「T細胞」という細胞は、がん細胞を見つけて排除する性質をもっています。患者さんのT細胞を体外で培養し、体内に戻すことでがんを治療する方法も実用化が始まっていますが、T細胞の準備に長い時間がかかります。事前にT細胞を大量に準備できれば、この時間を短縮できると期待されることから、T-CiRAでは、iPS細胞を利用してT細胞を安全に大量に培養する技術の開発に取り組みました。

・Publication
A clinically applicable and scalable method to regenerate T-cell from iPSCs for off-the-shelf T-cell immunotherapy
Shoichi Iriguchi, Yutaka Yasui, Yohei Kawai, Suguru Arima, Mihoko Kunitomo, Takayuki Sato, Tatsuki Ueda, Atsutaka Minagawa, Yuta Mishima, Nariaki Yanagawa, Yuji Baba, Yasuyuki Miyake, Kazuhide Nakayama, Maiko Takiguchi, Tokuyuki Shinohara, Tetsuya Nakatsura, Masaki Yasukawa, Yoshiaki Kassai, Akira Hayashi & Shin Kaneko
Nature Communications 12, Article number:430, 2021(リンク)



iPS細胞からT細胞をつくる意味

現在、日本では一部の血液のがんに対する「CAR-T療法」が承認されています。これは、患者さんのT細胞を体外に取り出して、がん細胞特有の目印(鍵)を見分けて結合する鍵穴のような分子を導入し、培養してから患者さんの体内に戻す療法です。効果は高いのですが、T細胞を準備するのに一定の時間とかなりのコストがかかります。今後、ほかのがんに対して同様の療法を開発する場合にも、T細胞準備の時間とコストを抑えることは重要になると予想されます。

「それなら、患者さん自身のT細胞ではなく、事前にT細胞を培養しておけばいいのでは?」と思う方がいるかもしれません。しかし、T細胞は、培養を続けていると性質が変わってしまうという問題があるため、現実的ではありません。そこで、期待されるのがiPS細胞をT細胞に変化させながら培養する方法です。この方法なら、いわば「フレッシュな」T細胞を安定して合理的に準備できるからです。

しかし、従来の方法では、iPS細胞をT細胞に変化させながら培養するときの効率は低く、また、変化と増殖を促すために「フィーダー細胞」と呼ばれる細胞を使う必要がありました(図1a)。フィーダー細胞は動物から得るため、その細胞から未知のものを含めウイルスなどが混入するリスクがあり、医療に使えるような品質のものは非常に高価であるか、そもそも存在しない場合もあります。そこで、私たちは、フィーダー細胞を使わずに、大量に培養する方法を開発することにしました。

T細胞の変化と増殖に重要と考えられるタンパク質や化合物をいくつか検討した結果、あるタンパク質とある化合物を培養液に加えると、飛躍的に培養効率が上がることを発見しました(図1b)。3週間の培養で、何も加えない場合に比べて10倍以上の数のT細胞を得ることができたのです。

図1 これまでの培養方法と新しい培養方法の違い

 

この方法では、動物由来のフィーダー細胞を使わないため、安全性が非常に高いT細胞が得られます。

 

つくったT細胞がちゃんと働くことを確認

次に、こうしてつくったT細胞が、がん細胞を見つけて排除する性質を保っているかを調べました。まず、ある種のがん(Wilms tumor 1; WT1)を見分ける鍵穴として働くタンパク質をiPS細胞に導入し、そのiPS細胞を、上で確立した培養方法でT細胞に変化させて増やします(図2上)。一方、マウスの体内に人工的にこのがんをつくっておきます。がんをもつマウスに増やしたT細胞を投与し、がんがどう変化するか、マウスの寿命がどうなるかを、T細胞を投与しないマウスと比べました。

その結果、T細胞を投与したマウスでは、投与しないマウスに比べて、がんが大きくなるのが抑えられ、寿命も長くなりました(図2下)。つまり、iPS細胞からつくったT細胞は、がんを見分けて排除するという性質をちゃんと保っていることが確認できたのです。

図2 今回の方法で培養したT細胞の働きを確かめる実験

 

さらに、私たちは、CAR-T療法に使うT細胞(CAR-T細胞)の作製も、同様の方法で試みました。作製した細胞をiCART細胞と名付け、白血病細胞を移植したマウスでその働きを調べたところ、iCART細胞を投与しない場合に比べて寿命が延びることが確認できました。

このように、私たちが確立した方法では、iPS細胞から安全に効率よくT細胞を得られ、そのT細胞ががんの治療に利用しうるものであることが確かめられました。iPS細胞から得られるT細胞は、患者さん本人のものではないため、拒絶反応の可能性はありますが、患者さんに合ったタイプのiPS細胞からT細胞をつくるなどの工夫により拒絶反応を抑えることで、短い期間でT細胞を準備できるメリットを生かすことができると期待されます。

私たちは、今後も研究を続け、T細胞を利用したがん治療の発展に貢献したいと考えています。