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治験時の採血負担ってナンダ? | 武田薬品

宮久 郁夫・田中 智子・塚田 友香

治験時の採血負担ってナンダ?

小さな腕に優しい治験を―採血負担低減で小児開発の推進へ

新しい薬の有効性と安全性を確認する治験では、採血による血液検査が欠かせません。一方で、治験を途中でやめる理由の一つに挙げられるなど、採血が患者さんにとって負担にもなっています1。特に、採血に苦痛を感じやすい小児患者さんの大きな負荷を少しでも和らげたいという想いから2、私たちは日本国内でプロジェクトを立ち上げ、治験採血のあり方を再検討する取り組みを、少しずつ進めています。

PROJECT MEMBER

田中 智子

田中 智子

日本開発センター

領域戦略ユニット

宮久 郁夫

宮久 郁夫

日本開発センター

マーケットプロダクトディベロプメント日本

塚田 友香

塚田 友香

日本開発センター

臨床開発部

小児採血の当たり前に向き合う


治験では、医薬品の有効性や安全性だけでなく、薬物が血中でどのように働くかなどを把握するため、採血による血液検査を行います。治験では薬事規制に基づく厳格なデータ収集が求められることから、通常の検査や治療と比べると、採血回数や採血量が多くなることがあります。

特に小児は、成人と比べて採血の負担が大きくなりがちです2。例えば、小児の血管は柔らかいため、刺した針から自動で血液を吸い出す「真空採血」ができないことがあります。その場合、手の甲などに針を刺したまま、長い時間をかけて一滴ずつ絞り出すように、血液を集めなければなりません。動かないように、手やベルトで体を固定することもあります。また、小児は痛みに敏感なため、恐怖や不安など精神的な負荷もかかります。

小児患者さんの採血の様子
小児患者さんの採血の様子

日本開発センターに所属し小児外科医師でもある田中智子さんは、治験時の採血負担を少しでも減らしたいと考え、同じ志をもつ仲間とともに、「IMPACT*プロジェクト」を立ち上げました。

プロジェクト立ち上げの背景や目的について語る田中さん
田中さんは、「薬の有効性や安全性を確認するために、治験の採血は必要な行為です。しかし、それが患者さんやご家族、医療従事者への負担になっているのも事実です。特に小児にとっては大きな負荷となっており、涙を流しながら採血を受けていた患者さんとご家族の顔が、今もありありと目に浮かびます。このプロジェクトを通じて、患者さん負担の低減と、治験の質担保の両立を目指しています」と話します。
* IMproving PediAtric blood sampling in Clinical Trials=小児治験の採血改善

実際の治験で採血量を半分以下に削減


治験時の採血負担を減らすと一口に言っても、実現までには多くのステップが必要です。治験は通常、何年にもわたり複数の医療施設で行われ、患者さんや医療従事者だけでなく、検査会社や行政機関など多くの人とプロセスが関わるためです。そこで、プロジェクトメンバーはまず、社内の意識を変えることから始めました。新薬開発に関わる社内メンバーにむけて「小児採血量低減に向けたプレイブック」を作成しました。この手引書は、小児採血の現状だけでなく、採血の負担を減らすさまざまなアイデアも紹介しています。

IMPACTプロジェクトのロードマップ。プロジェクトの社内認知向上から始め、採血量低減のプロセスを最適化。成人治験での導入を経て、社外パートナーと協業しながら、小児治験での採血量低減を目指す。
IMPACTプロジェクトのロードマップ

また、プロジェクトチームは、治験に幅広く応用できる実践的な負担低減方法の確立にも挑戦しています。検査会社と協働し、業務フローや検査ツールなどさまざまな観点から議論を重ねました。その結果、検査の質を維持しつつ、採血量を半分以下に削減できることが分かりました。このプロセスを、タケダが行っている実際の治験にもパイロット導入しています。

実際の治験での採血量低減の取り組みについて語る塚田さん
プロジェクトメンバーの塚田友香さんは「社内関係者や検査会社など、多くの人にプロジェクトの趣旨を理解してもらい、協力してもらうことができました。今後は微量採血デバイスの導入など新たな手法を取り入れ、採血量をもっと減らせるよう活動を継続していきます」と意欲を語ります。

製薬業界全体で広がる採血低減への取り組み


治験採血の負担を減らすことにより、治験の参加率向上や脱落率低下につながり、新しい治療薬開発の迅速化につながる可能性があります。こうしたメリットを訴えつつ、IMPACTプロジェクトは、研究機関や他の製薬企業、業界団体とも積極的に協働して課題解決の輪を広げています。

プロジェクトチームは現在、小児治験ネットワークと共同研究を行っています。治験コーディネーター(CRC)を対象に全国調査を行い、採血の量や回数、タイミングなどが治験進行にどのような影響を与えるかを明らかにするのが目的です。すでに学会で中間報告を行っており3、2025年度末には論文として公表する予定です。

また、プロジェクトメンバーが主体となり、企業の壁を超えたワーキンググループを立ち上げました。活動の一環として、複数の製薬企業とともに、新しいプレイブックを共創中です。既存のタケダの手引書に各企業が持つ暗黙知を加え、企業横断的に活用できるツールとして作成しています。

さらに、プロジェクトチームは、日本製薬工業協会(製薬協)に対しても小児採血に関する情報共有を積極的に行っています。製薬協のタスクフォースは、小児治験推進とそれに関連する小児採血の負担軽減を課題として挙げており、業界全体でこれまでのあり方を見直す機運が高まっています。

業界全体の連携の必要性について語る宮久さん
プロジェクトメンバーの宮久郁夫さんは「タケダ一社だけの取り組みでは、やはり限界があります。製薬業界全体、そして、検査会社や臨床現場など多くの関係者が連携し、患者さんの負担軽減を前進させる必要があります。それが、小児医薬品の開発加速に結びつき、患者さんへの貢献につながると信じています」と話します。
友常 雅子

友常 雅子
東京都立小児総合医療センター 臨床研究支援センター 副センター長
小児治験ネットワークCRC部会長

採血の負担軽減に取り組むことは、倫理的・身体的配慮の面で極めて重要です。私自身、臨床研究コーディネーター(CRC)という立場から、治験に参加する患児やご家族に接してきました。患児が採血のたびに泣き出す、採血室を前にして患児が恐怖で固まってしまうのをご家族が励ます、安全に採血できるよう暴れる患児の体を医療従事者が押さえつけるなど、さまざまな負担を間近で見てきました。採血を理由に、患児やご家族が治験を拒否する場面に直面したこともあります。長年、この問題を提起してきたCRCの一人として、負担軽減の取り組みが進みつつあることを大変喜ばしく思っています。治験に参加する患児の負担を最小限にするため、製薬企業・検査会社・医療従事者が連携し、より負担の少ない治験計画をともに考え、実現するのを心から願っています。

※中央測定 治験では、採血した病院で血液検査を行う「院内測定」ではなく、検査会社が一括して検査する「中央測定」が行われる場合が多くあります。同一条件で解析できるためデータの一貫性を担保できる、検査フローが自動化されているため大量の血液検体を低コストで検査できるなどのメリットがあります。一方で、中央測定では自動化された作業で確実に解析が行えるように、通常の小児診療の院内検査と比べて多くの血液量を求められることがあります。
IMPACTプロジェクトのメンバー(宮久さん・田中さん・塚田さん)
※所属は撮影当時のものです

引用・参考文献


  1. Soyoku Nobeyama et al., Therapeutic Research, 40, 961-980 (2019)
  2. Robert M. Kennedy et al., Clinical Implications of Unmanaged Needle-Insertion Pain and Distress in Children. Pediatrics November 2008; 122 (Supplement_3): S130–S133. 10.1542/peds.2008-1055e
  3. 友常雅子, 「小児治験の実際にみる採血負担の影響―CRCへのインタビューからの考察―」, 第52回日本小児臨床薬理学会学術集会, 2025