株主の皆さまへのCEOからの年次メッセージ2025 | 武田薬品
株主の皆さまへのCEOからの年次メッセージ2025
株主の皆さまへ
今回の年次メッセージが、私が当社の代表取締役社長 CEOとして皆さまに差し上げる最後のものとなります。これまで、ヘルスケアの現状に対する私の見解を皆さまにお伝えし、当社の事業の進捗をご報告する機会をいただけたことを、心より感謝申し上げます。
今年 1月、私は、私が当社に入社してから12年が経過することとなる2026年6月をもって退任することを公表いたしました。私の後継者候補の選定につきましては、指名委員会が中心となり、社内外の複数の候補を評価する数年にわたる慎重かつ適正な選考が行われました。その結果、現在当社U.S.ビジネスユニットのプレジデントを務めているジュリー・キム氏を、取締役会において全会一致で次期社長CEO候補として選定しました。今回の経営体制移行の早期公表は、私が退任後も取締役として当社に留任しないことに伴い、次期社長兼CEO候補であるキム氏が現在務めるU.S.ビジネスユニットプレジデントの後任選定、および選定された後任者にキム氏が職務を円滑に引き継ぐための十分な準備期間を設けるためのものです。
キム氏につきましては、2026年6月の定時株主総会において新任取締役候補者としてご提案する予定です。同氏は、過去6年間にわたり、タケダ・エグゼクティブチームの一員として、また直近3年間はU.S.ビジネスユニットの責任者として、当社の重要な戦略策定と実行に大きく貢献してきました。私は彼女の知性、粘り強さ、そしてともに働く仲間と患者さんへの深い献身を間近で見てきました。彼女のリーダーシップと、当社の理念・価値観への揺るぎないコミットメントは、当社の舵を取り、複雑なグローバル企業を率いるのにふさわしいものと確信しており、彼女のもとで、当社は今後も長期的な戦略を維持しつつ、さらなる成長とイノベーションの実現に向けて力強く前進していくことでしょう。
本メッセージでは、まずは現在のヘルスケアや将来の医薬品業界へ影響をもたらしうる重要な課題と考察について私見を述べた後、当社の状況について詳しくお伝えしたいと思います。
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その答えは明らかで、両方です。だからこそ、医療は公的・民間、営利・非営利といった多様な主体が関与する高度に規制された領域となっており、経済が混乱する中でも可能な限り保護されてきました。しかし残念ながら、戦争や貿易摩擦、国際的な混乱などの結果、医療もその影響から逃れることが困難になっており、患者さんに悪影響が及ぶリスクが高まっています。保護主義的な政策や価格抑制の枠組みは、これまで国境を越えて進展してきた医薬品のイノベーションの脅威となり、現代の創薬・医薬品開発の進歩に逆行するものです。また、世界各国の医療制度における従来型の財政運営は、持続可能性を欠いていることが明らかになりつつあります。
それでも変わらないのは、人々が「より健康に、より長く生きたい」と願っているという事実です。科学とテクノロジーは指数関数的なスピードで進化を続けており、健康寿命の延伸に向けた新たな解決策を提供し続けています。
しかし、これらの機会には課題も伴います。これをどのように財政的に負担するのでしょうか? どうすればすべての人が、自分の子どもたちがより健康に、より長く生きる姿を見届けられる未来を手にすることができるでしょうか? それは決して保証されたものではありません。私たちがこの希望を現実のものとするためには、医療制度の抜本的な改革が不可欠です。
世界中のあらゆる国が、医療制度において深刻な課題(資金不足、保険未加入、医療格差、待機時間の長期化など)に直面しています。医療制度は国民にとって極めて重要なものであり、たとえば検索エンジンで「医療制度の改善方法」と入力すれば、数多くの提案が表示されます。しかし、必要とされる改革があまりにも複雑かつさまざまな配慮が求められるものであるがゆえに、政治的な意思決定が停滞しているのが現状です。
私は、約80カ国・地域で事業を展開するヘルスケア企業のCEOとして、また9カ国での生活経験を持つ一個人として、このテーマに強い関心を抱いてきました。ここでは、医療制度の改善に大きく貢献し得る5つの基本的な考え方を皆さまと共有したいと思います。
1. 医療費がGDP成長率を上回って増加することを受け入れる
高齢化が進む中、医療費は年齢とともに、特に65歳以上の層で増加します。2054年までに、この年齢層に属する人々が世界で17億人1に達すると予測され、一部の国では最大の人口層となる見込みですが、65歳以上の方々の医療費は、65歳未満の世代の約3倍に達すると言われています2。これが基本的な医療費支出に与える影響は非常に大きいです。このような状況下で人々の生活の質を向上させるためには、医療費の伸びがGDP成長率を上回ることを受け入れる必要があります。GDP成長率に連動させた医療費の抑制は、結果として国民に最良の医療を提供しないということを意味します。
2. 公的・民間保険の両立を図る
多くの国では、公的または民間のいずれか一方の保険制度しか存在しないか、両方存在しているが、二つがうまく連携しておらず、それぞれが本来果たすべき役割を果たしていないかです。公的保険はより幅広い人口を対象とすることで公平性(人権)を担保し、民間保険は資金の拡充と選択肢の提供(市場性)を可能にします。公的保険のみで財源不足となった場合は保険償還の対象の選択が生じ(例:英国)、民間保険のみでは所得格差が医療格差を助長します(例:米国)。
3. 医療の無償提供の回避
医療費は、たとえ少額であっても、すべての人が一定の負担をすべきです。これは制度の公平性を保つためにも重要です。
4. 予防医療と予測医療への注力
多くの医療制度は治療を優先し、予防と予測へ重点を置いていません。この10年間でこれらの分野に大きな進歩があったにもかかわらず、医療制度による優先度はまだ低い状況です。すべての人が遺伝子検査や毎年の健康診断を受け、自身の健康リスクを把握し、積極的な対策を講じるべきです。これにより、様々な国で医療アクセスや財政面で問題となっている一次医療と二次医療のバランスが改善され、加入者からの信頼を失ってきた保険会社による直前での給付拒否といった問題が軽減されることにもつながるでしょう。
5. 治療効果と価格の透明性を確保する
多くの医療システムにおいては、治療効果の測定や価格に関する透明性を確保することに十分な対策が講じられていません。そのため、ほかの患者さんからの口コミや「高額なサービスの方が良質である」という思い込みに頼らざるを得ない状況です。サービスごとに支払うモデルから、AIを活用した透明性の高い価値に基づく医療(バリューベースヘルスケア)モデルへの移行は、効率性の大幅な向上につながることがすでに証明されています。しかしながら、これまで、治療効果の測定が不十分なため、このモデルへの移行の進捗は芳しくありません。特に米国では、医薬品業界が医薬品の価格ではなくリベートで競争しており、これが価格のインフレとアクセスの制限を招いています。
1出典: UN, World Population Prospects (2024)2出典: CMS.Gov National Health Expenditure Fact Sheet 2020, データは米国における数字を指しています。
科学技術の進歩により、革新的な治療法がこれまでにないスピードと規模で患者さんに提供される時代が到来しています。特に米国では、長年にわたり世界で最も競争力のある創薬に関わるエコシステムが築かれてきた結果、新薬の多くが米国から産まれています。この成果は、公的・民間研究への多額の資金提供、世界有数の大学における研究活動、ベンチャーキャピタルによるバイオテクノロジーへの積極的な投資、科学的根拠に基づいた主要な規制当局、そしてイノベーションに対する報酬制度が相互に作用したことにより、もたらされました。このような米国の仕組みは、バイオ医薬品のイノベーションの源泉であり、今後も維持・強化していくべきです。しかし、患者さんの⼈⽣を根本的に変え得るような新薬は世界中どこでも生まれる可能性があります。現在、中国は世界第2位の医薬品市場となっており、新薬開発の水準も米国に迫る勢いです。中国での研究開発には、臨床試験における迅速な被験者登録やコスト面での優位性といった利点もあります。
その一方で、これらの革新的な医薬品を患者さんに届けることは、かつてないほど困難になっています。
貿易摩擦や価格規制の強化は、イノベーションの自由な行き来を妨げ、これまで世界中で数多くの成果を生みだし、公衆衛生を向上させてきた医薬品開発のスピードを鈍化させるリスクを孕んでいます。従って、医薬品は貿易障壁の対象から除外されるべきです。米中間、そして影響はより小さいものの欧州との間の地政学的な緊張は最終的に患者さんに悪影響を及ぼす可能性があり、慎重に注視し対応するべきです。
また、医薬品業界は、厳格に監視・規制されることで、医薬品やワクチンに対する社会の信頼を維持していますが、こうした信頼の基盤も今、脅かされています。多くの国々が、米国食品医薬品局(FDA)の規制やガイドラインを自国の制度設計の基準として活用しており、FDAの影響力は米国国内にとどまらず、世界の公衆衛生と安全性の確保に大きく影響しています。信頼される規制当局によって高い基準が維持されることが、医薬品業界の健全な発展にもつながるため、強固なFDAの存在は不可欠です。予防医療、健康的な食生活、運動は人々の健康にとって根幹的な要素ですが、医薬品もまた不可欠であり、ワクチンは感染症の予防において重要な役割を担います。規制当局は、完璧な医薬品は存在しないことを前提に、政府や社会がリスクとベネフィットを国民全体の視点で評価することを支援する役割を担っています。
米国は、革新的な医薬品を開発し、迅速に国民に届けるという点で、最も優れた国であり続けてきました。しかし、その代償としてGDPの約20%を医療に費やし3、他国と比べて医療アクセスの格差も大きいという課題を抱えています。最近の動向では、薬価に関する最恵国待遇の仕組みの導入、医薬品および原薬(API)に対する関税引き上げの可能性、FDA職員や研究助成金の削減等が懸念されており、科学とヘルスケアの進歩において先導的な立場にある米国ですが、この優位性が損なわれる可能性も否定できません。
日本では、急速な高齢化により国民皆保険制度への負担が増大しています。過去10年間、政府は医薬品市場の規模を抑制するようコントロールしてきましたが、これにより国内の製薬産業は大きく弱体化しました。しかしながら、近年では医療費の抑制だけの政策から、イノベーションを促進する政策への転換が見られ、私たちはこの動きを前向きに捉えています。
欧州においても、多くの国が医薬品市場の成長をGDPの伸びに連動させており、その成長率は極めて低調です。欧州では、現在のEUにおける薬事改革パッケージが、規制データ保護や希少疾病用医薬品の市場独占といった知的財産の重要な保護制度を弱体化させるなど、イノベーションを阻害する要因が依然として存在しています。医薬品業界としては、欧州が競争力を維持・強化し、イノベーションを誘致、育成し、報奨を与えるためには、規制政策の見直しと知的財産保護の強化が急務であると訴えています。もし何も対策を講じなければ、医薬品の研究開発および製造拠点が米国や中国へと移転し続けるリスクが高まります。
中国は過去5年間で、医療制度の強化とイノベーションの促進において目覚ましい進展を遂げてきました。しかしながら、保険制度の限界が今後の発展の障壁となっています。公的・私的な取り組みを組み合わせた保険制度の強化が、中国が目指す、高品質で広くアクセス可能かつ財政的に持続可能な高所得国型医療制度の実現に向けた鍵となるでしょう。
3出典: American Medical Association, 2025-04-17, Trends in healthcare spending当社は、グローバル企業として、地政学的、経済的、技術的な環境変化に常に目を配り、リスクと機会の両面に対応しています。世界中で高まる地政学的な緊張関係や不透明な世界経済の見通しといった課題に対しても、当社の価値観と「革新的な医薬品を創出し続ける」というビジョンに基づいて対応していきます。当社のグローバル製造拠点の中心は、米国、欧州、日本、シンガポールに位置しており、特に米中間の貿易摩擦による潜在的な影響を限定的なものとすることができる体制となっています。中国においては、現地の医療発展に貢献しつつ、サプライチェーンや会社全体への構造的リスクを回避するため、中国国内でビジネスを完結できるようにしています。
当社は、さらに強化された事業体制のもと、今後の世界的な課題や不確実性に対処しています。2024年度の業績は、期初(2024年5月公表)のマネジメントガイダンスを上回る結果となり、Core売上収益およびCore営業利益の増加を達成しました。これは、後発品によるVYVANSEの大幅な減収が終了する予定の2025年度を前に、当社事業のしなやかな強さを示す結果となりました。成長製品・新製品の売上は14.7%増加し、現在の会社全体の収益の約50%を占めていますが、米国におけるENTYVIO 皮下注射製剤はアクセスの課題により予想より伸長が遅れています。ENTYVIO点滴静注製剤で実現したように、近いうちにアクセスが最適化されることを期待しており、ENTYVIOが引き続き炎症性腸疾患(IBD)の主要製品であり続けると考えています。
過去10年間にわたり、グローバル規模での投資と、競争力のある研究開発(R&D)体制の構築に注力してきた成果が、現在の後期開発パイプラインの進展につながっています。現在、当社の重点疾患領域において臨床第3相試験段階にある6つの後期開発プログラムの開発が進行中であり、成長製品・新製品へのアクセスが世界で拡大しています。これらの開発品や製品は、複数の国にまたがる施設で同時に臨床開発されており、当社のグローバルな開発力を示しています。また、当社はこれらの製品を世界中で上市するための事業規模、能力、資本力を備えており、真に競争力のあるグローバルなバイオ医薬品企業としての要件を満たしています。これを実現するためには多大な時間やリソースの投資が必要であり、当社は毎年約7,500億円*
を研究開発に投資する一方で、厳格なコスト管理と業務効率の向上により、利益率を確保しながら、患者さんと株主の皆さまに大きな価値を提供しています。
2025年度は、当社にとって極めて重要な年となります。高い価値が期待される後期開発パイプラインの重要なマイルストンのさらなる達成と、上市に向けた準備への投資が予定されています。VYVANSEの後発品による影響の継続と効率化によるコスト削減の効果を踏まえ、2025年度の恒常為替レート(CER:Constant Exchange Rate)ベースでのCore売上収益、Core営業利益、Core EPSは、概ね横ばいとなる見通しです。当社の財務的な強みは、成長とイノベーションへの投資を継続することを可能にすると同時に、最近実施した1,000億円の自社株買いや、2025年度における1株当たり200円への増配案といった形で株主の皆さまへの多大な還元の提案も可能にしています。今後も規律ある資本配分を行い、投資適格の信用格付けを維持することにコミットいたします。
今後2031年までの成長は、現在売上収益の約50%を占め、二桁台の成長率を続けている成長製品・新製品によって牽引されます。また、ポートフォリオへの後発品による影響は限定的で、2024~2029年度に後発品あるいはバイオシミラーとの競合が想定される主要製品は、2024年度の売上収益全体の約10%にとどまる見込みです。さらに、今後数年間で多くの後期開発パイプラインの上市を見込んでおり、現在の売上収益に最も貢献しているENTYVIOのバイオシミラーによる影響が想定される2031年以降の当社の成長を支えます。
当社の業績と今後の見通しの詳細については、IRサイトをご覧ください。
前述した通り、世界的なマクロ経済および地政学的な不確実性が逆風となる可能性はありますが、当社は効率性と組織の機動性の向上に引き続き注力し、グローバルに展開するサプライチェーンと製造拠点を活用することで、今後のあらゆる課題に柔軟に対応し、長期的な株主価値の創出を継続してまいります。
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50億米ドルをニューヨーク連邦準備銀行が2025年3月31日に認定した正午時点の買値レートである1米ドル=149.90円で換算した金額です。2024年度の業績および今後の見通しを支えているのは、研究開発パイプラインの優先順位付けと加速、そして持続的成長に向けた研究開発体制の刷新です。
当社の研究開発組織は、過去10年間で大きく進化しました。2015年当時は、日本を中心とした小規模な組織で、主に低分子医薬品に特化していました。現在では、3つの疾患領域と4つの中核モダリティ(創薬手法)に注力するグローバルな研究開発の体制へと変貌を遂げています。
研究開発パイプラインの厳格な優先順位付けは、未だ有効な治療法が確立されていない疾患に対 する高い医療ニーズ(アンメット・メディカル・ニーズ)、科学的な妥当性、開発プロセスの加速化、および市場機会という明確な基準に基づき⾏っています。現在、消化器系・炎症性疾患、ニューロサイエンス(神経精神疾患)、オンコロジー(がん)領域において6つの臨床第3相試験段階の開発品があります。それらに関して14件の臨床第3相試験が進行中または計画されており、当社はこれら6つの後期開発品に対して集中的に投資を行っています。
2024年12月には、東京グローバル本社にてR&D Dayを開催し、投資家やアナリストに対して当社の研究開発の変革や、後期開発パイプラインが価値の創出にもたらす可能性について詳細にご紹介しました。ご紹介したすべての候補物質は、患者さんの人生に大きく貢献する可能性を秘めています。これらは、差別化された特性を有し、これまでの標準治療を変革し得るものです。競争の激しい疾患領域においても十分に競争力を発揮できると確信しています。これは、当社のビジョンの中核であり、私たちの存在意義そのものです。
これらの6つの後期開発パイプラインはグローバルで、合計100億〜200億⽶ドル**
のピーク時売上収益に達する可能性を有しており、当社にとって極めて重要な成長ドライバーになると期待されます。まず赤血球の過剰産生を特徴とする希少かつ慢性の血液疾患である真性多血症を対象としたRusfertideが、臨床第3相試験で良好な結果を示しました。今後は1年間の安全性データのレビューを今年中に終え、FDAでの承認に向けた申請を予定しています。次に2025年末までにナルコレプシータイプ1を対象としたOveporexton、および乾癬を対象としたZasocitinibの、臨床第3相試験データの読み出しを見込んでおり、2025~2026年度中の規制当局への申請を予定しています。
さらに、2027~2029年度には、以下の4つの化合物における5つの適応症において重要なデータ読み出しを予定しています:
- Zasocitinib(乾癬性関節炎)
- Mezagitamab(IgA腎症および免疫性血小板減少症)
- Fazirsiran(α1アンチトリプシン欠乏症(AADT)肝疾患)
- Elritercept(骨髄異形成症候群に伴う貧血)
今後2年間で少なくとも3つの新規治療薬が上市される可能性があり、2030年までにさらに多くの製品が続く見込みです。これは、当社にとって新たな時代の到来を意味します。特に、当社がこれらの新規治療薬を自社だけでグローバルに上市できる規模と体制を整えている今、このタイミングでの進展は非常に意義深いものです。
現在、当社は患者さんへ高い価値をもたらす可能性のある6つの後期開発パイプラインを有しており、いずれも確固たるデータと上市への高い成功確率、その後の実質的な収益ポテンシャルを備えています。私たちは、このパイプラインの成功を強く確信しています。
当社の各部門リーダーや従業員一人ひとりに、これまでの進展とその進め方に誇りを持ってほしいと考えています。当社の研究開発エンジンは確実に機能していますが、未来に直面する経済的な課題に対応するためには、生産性の飛躍的な向上が求められます。
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ピーク時売上高想定およびPTRS予測(Probability of Technical and Regulatory Success、技術的および規制上の成功確率) に関しては、こちらのR&D Dayプレゼンテーションの2ページ目をご覧ください。
当社のデータ・デジタル&テクノロジー(DD&T)部門は、創薬プロセスの中核を担うとともに、当社の成長戦略全体を支える重要な役割を果たしています。また、今後避けられない医薬品への価格圧力を緩和する役割を担っています。
この変革を実現するためには、組織全体でデジタル戦略を統合し、特定部門に限定せず全社的に展開する包括的なアプローチが不可欠です。これにより、AIをはじめとするデジタル技術の恩恵を迅速に享受し、患者さんに革新的な治療を届けることが可能になります。
全社的なデジタル戦略と整合し、最大の価値をもたらすであろうデジタル投資を優先するために、新たにデジタル・ポートフォリオ・コミッティー(DPC)を設置しました。このガバナンス機関は、デジタル投資に関する提案を精査し、患者さんへのインパクトと持続可能な成長に最も貢献するプロジェクトを特定します。
現在、当社は「デジタル・パイプライン」として、AI、データ分析、自動化などのツールや技術を導入し、研究開発パイプラインを補完・強化しています。これにより、研究開発プロセスの効率化、迅速化、質の向上を実現しています。データに基づく意思決定を可能にし、従業員が革新的なツールを活用して複雑な課題を解決できるよう後押ししています。最終的には、より良い医薬品を一日でも早く患者さんにお届けできることを目指しています。
具体的な取り組みとしては、研究開発分野ではAIを活用することで臨床試験施設の選定を最適化し、患者さんと試験施設をデジタルプラットフォームで迅速にマッチングする仕組みを構築しています。また、リアルワールドデータを活用して、AATD(α1アンチトリプシン欠乏症)肝疾患におけるFazirsiranの臨床第3相試験計画の設計を最適化し、その試験開始を加速させています。製造分野では、自動化技術によって医薬品の生産と供給を効率化し、自動顕微鏡などの先進技術を導入することで検査工程における人手を削減しています。さらに、医療従事者への支援として、AIと予測分析を活用して患者さんのケアに必要な情報をタイムリーかつ個別化された形で提供しています。そして、患者さんへの支援では、炎症性腸疾患(IBD)や注意欠陥・多動性障害(ADHD)の患者さんと共同でアプリを開発し、症状をリアルタイムで記録・管理し、医師との共有を可能にする仕組みを実現しています。
デジタルスキルを備えた人材の育成
デジタル変革を成功に導く原動力は「人」です。
当社はデジタル・デクステリティ プログラム(デジタルに関する基礎的なスキルの積み上げとデジタルマインドセットの構築を目的とした社内学習プログラム)を新たに立ち上げ、従業員が、自動化や、個人の生産性の向上、コラボレーションの強化、デーを活用する能力の向上、日常的なAI活用といった分野で必要なスキルを習得できるよう後押ししています。このグローバルなスキル向上プログラムにより、自社内で開発した生成AIプラットフォーム「myAibou」などのデジタルツールの活用が加速しています。
2024年8月の開始以来、すでに5,000人以上の従業員が「Everyday AI Learningプログラム」に参加しており、全従業員の半数以上がデジタル学習に積極的に取り組んでいます。
デジタル・デクステリティは、現代のビジネスにおいて最も重要なスキルの一つです。当社は、従業員が現在および将来におけるそれぞれのポジションで成功するために必要なスキルと学習環境を提供し、ビジネスの成長と持続可能性を支えています。
当社の長期的な成功の礎は、倫理と価値観に基づいた企業文化にあります。
当社には、60カ国以上から2,100名を超えるバリューアンバサダー(Values Ambassadors)が在籍しており、「誠実、公正、正直、不屈」という当社の価値観を組織全体に浸透させる重要な役割を担っています。私たちは、積極的な傾聴、リーダーシップのコミットメント、仲間同士の支援を通じて、これらの価値観を単なる言葉ではなく、日々の行動として体現しています。この価値観は、「1. 患者さんに寄り添い(Patient)2. 人々と信頼関係を築き(Trust) 3. 社会的評価を向上させ(Reputation)4. 事業を発展させる(Business)」という日々の意思決定によって具現化され、組織全体の結束を強めています。
当社のデング熱ワクチンであるQDENGAは、社会とビジネスの両面において価値を創出するという当社のコミットメントを象徴する製品であり、ヘルスケアエコシステムを強化するとともに、包括的かつアクセスを最優先とした展開を通じて気候変動に対応しています。具体的には、私たちは、ブラジルやインドネシアなど、この製品の必要性が極めて高いデング熱流行国で優先的に対応しつつ、世界中の患者さんがワクチンに手の届きやすい価格でアクセスできるよう取り組んでいます。 QDENGAの展開においては、社会的・経済的な状況を考慮した価格設定を行い、広範かつ公平で持続可能なアクセスを実現することを目指しています。地域の経済状況に応じた価格設定を行う「段階的価格モデル(Tiered Pricing Model)」を導入し、この革新的なワクチンをより多くの人に届けることと持続可能な供給を両立させています。
QDENGAに対する当社の取り組みが示すように、気候変動が人々の健康に深刻な影響を及ぼすことを私たちは深く理解しており、気候課題と健康課題の両方に取り組む包括的なサステナビリティ戦略を推進しています。QDENGAの需要が増加する中、製造能力の拡大に取り組む一方で、製造に再生可能電力を使用し、包装廃棄物を削減することで、ワクチン製造に関連する環境負荷を軽減しています。当社は、2035年度までに自社の事業活動による温室効果ガス排出量について、2040年度までにバリューチェーン全体での温室効果ガス排出量について、ネットゼロを達成するという大胆な目標を掲げており、これらの目標は本年、科学的根拠に基づく目標イニシアチブ(SBTi)により認証されました。2016年以降、革新的なヒートポンプ技術の導入や再生可能エネルギーの調達、エネルギー効率化の取り組みを活用し、運用における温室効果ガス排出量を55%削減するなど、着実な進展が見られています。加えて、廃棄物と水使用量の削減に向けた明確な目標も設定し、製品ライフサイクル全体にわたってサステナビリティの視点を組み込んでいます。当社ではイノベーションと協働に重点を置いており、その一例でもある、規制対象となる医療廃棄物からの排出削減に取り組む、ボストン医療センターとのパートナーシップによる初の試みにも大きな期待を寄せています。
これらの取り組みが評価され、当社は2024年に3年連続でCDPの気候変動Aリストに選出され、気候と健康の分野における当社のリーダーシップが改めて認められました。
当社は、患者さんを中心に据えたグローバルな研究開発型のバイオ医薬品企業として、「世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献する」という存在意義のもと、社会貢献活動、これまでに培った知見、そして世界中の5万人以上の従業員の知恵を活かしながら、その実現に向けて取り組んでいます。
当社のグローバルCSRプログラムは、世界における医療体制を強化し、医療アクセスと質の向上を支援する取り組みに資金を提供しています。240年以上にわたる歴史の中で、持続可能なインパクトを実現するには時間と適応力が必要であることを学んできました。
私たちは、平時および有時を問わず、より良い医療をもたらすことのできる持続可能な医療体制の構築を、長期的な視点で支援しています。毎年の公募型助成を通じて、当社はその影響力を広げるとともに、世界中の非営利団体に対して4〜10年のプログラムに参加し、持続可能な医療体制を構築する機会を提供しています。
このように、全社的なアプローチを通じて、当社は人々と患者さんの生活を変革するというコミットメントを実現しています。私たちはこの取り組みと、その成果を誇りに思っています。
組織やチームが成功するためには、すべての人材が「尊重されている」「部門や経営陣に声が届いている」「成長の機会がある」と感じられる環境を整えることが不可欠です。
当社では、「思いやりを持ったリーダーシップ(ケアリング・リーダーシップ)」をリーダーシップとマネジメント文化の中核に据えています。このアプローチは、革新的で創造的な人材を育成し、彼らが知識・リソース・情熱をもって、世界中の人々と地域社会に持続可能なソリューションを提供し続けるための基盤となります。
ケアリング・リーダーシップは、信頼関係と支援的な環境を築ける企業文化の醸成を目指しています。従業員が安心して建設的なフィードバックを互いに与えることで、成長し、自らの能力を高め、イノベーションを生み出せるような環境を築きます。この企業文化は、互いへの共感と傾聴力を育み、説明責任、成長、そして包括性という観点を大切にしています。
当社は、働く場所や働き方に関わらず、すべての従業員が患者さんのためにイノベーションを生み出せるような、卓越した包括的な職場環境の創出を目指しています。私たちは、あらゆる差別のない職場環境を整備し、すべての従業員が帰属意識を持ち、自由闊達な意見を述べられる環境をサポートしています。こうした取り組みは、外部からも高く評価されています。2025年初頭、当社はTop Employers Instituteにより、世界24カ国で「トップ・エンプロイヤー」に認定されました。これは8年連続でのグローバル認証であり、同機関による人事のベストプラクティスに関する世界的な調査に基づいています。
2014年以降の歩みを振り返ると、当社がグローバルな研究開発型のバイオ医薬品企業へと進化してきた道のりは、挑戦に満ちつつも非常に実りあるものでした。真にグローバルな組織になるという戦略的ビジョンと、社内外のイノベーションを活用する研究開発戦略が、現在そして将来の成功の礎となっています。この変革は、成長市場へのアクセス拡大と、成長ドライバーへの投資能力の強化によって特徴づけられます。私たちは、優秀な人材の獲得と維持にも成功しており、これは当社のグローバルな存在感と卓越性へのコミットメントを裏付けるものです。
私たちがこれまでに行ってきたさまざまな取り組みにより、当社の強みはさらに強化され、より有望かつ革新的な製品ポートフォリオが構築されました。特に米国市場におけるプレゼンスが大きく拡大し、グローバルにパイプラインを商業化するための地理的な基盤とスケールを確保しています。財務面でも、研究開発投資の大幅な増加により、患者さんと社会のためにイノベーションを実現する体制が整いました。
現在、複数の後期開発プログラムが進行中であり、規制当局への申請や収益化の大きな可能性を秘めています。
また、米国マサチューセッツ州における「働きたい企業」としての評価も高まっており、魅力的な職場環境の構築に対する当社の取り組みが評価されています。さらに、AIやデジタル技術の導入においても先進的な取り組みを進めており、生産性の向上、イノベーションの加速、患者さんのアウトカムの改善に貢献しています。
今後も収益性の向上と成長ドライバーへの投資を継続しつつ、強固な財務基盤を維持していきます。最近の連続した増配提案および自社株買いの実施は、成長ドライバーへの投資と株主還元の実現にコミットする当社の資本配分に関する基本方針を反映しています。投資家との対話も、当社の成長見通しに議論の焦点が移っており、私たちは2030年度以降も売上収益の成長を実現できると確信しています。
これまでの変革の歩みは、当社全体の力を結集した取り組みであり、全従業員の献身と努力に心から感謝しています。これまでの成果に誇りを持つと同時に、私は当社の未来に対してこれまで以上に大きな期待を抱いています。
もちろん、先行きには地政学的な不確実性、ヘルスケア業界に対して高まる要請と圧力、そして変化の激しい競争環境といった多くの課題が待ち受けています。しかし、私たちがこれまで築いてきた強固で逆境に負けないしなやかな強さを持った事業基盤があれば、これらの課題を乗り越え、より大きな成功とイノベーションを実現できると、私はこれまで以上に確信しています。
私たちの価値観と、「世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献する」という揺るぎない私たちの存在意義に導かれながら、当社はこれからも前進し続けます。
武田薬品工業株式会社 代表取締役社長CEO
クリストフ・ウェバー