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山田忠孝氏を偲んで 元取締役 チーフメディカル&サイエンティフィックオフィサー

2021年8月11日
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わたしたちはタチ・ヤマダの愛称で日本のみならず世界中で広く知られる素晴らしいパイオニア、山田忠孝氏の突然の訃報に接し、深い悲しみに包まれています。

山田氏は日本で生まれ育ち、15歳の若さで渡米しました。そのキャリアを通して、彼はよく父親と交わした約束を想い返していました。いつか日本で意義深い仕事を成し遂げるというものです。この想いを胸に彼はタケダの仲間となり、2011年に当時の長谷川 閑史社長の顧問としてタケダに参画したのち、研究開発分野のトップとして研究開発組織の重要な変革を指揮することになりました。絶え間ない努力と注力、そして強いリーダーシップをもって、消化器系疾患領域の薬であるEntyvioの開発において不可欠な役割を果たしたほか、グローバル ワクチン事業部の立ち上げにも尽力しました。

山田氏の温かい人柄と鋭い知性、そして患者さんへの熱い思いは、タケダで共に働いた人々のインスピレーションの源であり続けています。

代表取締役 日本管掌の岩﨑真人は、「タチさんとは経営会議で初めてお会いし、その後長きにわたり交流させていただきました。彼は確固としたビジョンを持ち、先見性に満ち、常に患者さんや人々のことを第一に考える人物でした。そして、多くのアドバイスを通して、私をはじめ多くの従業員に惜しみなく知見を共有してくれました」と語ります。

リサーチ&デベロップメント プレジデントのアンドリュー・プランプ(Andy Plump)は、「タケダへの入社当時、タチさんと多くの時間を共に過ごしました。タケダから離れるリーダーとして、先輩として、タケダの事業の成功と、後任である私の成功を全力でサポートしてくださいました。彼はタケダの事業と従業員を本当に大切にしていましたので、その姿から、彼がタケダで過ごした時間を誇りに思っているのが伝わってきました。タチは素晴らしい人物であり、貢献し結果を出すことに注力する真のリーダーでした」と、振り返ります。

山田氏はまた、自身の幅広い知見やグローバルヘルスへの関与から、ワクチンが人々の健康に役立つこと、個人レベルや家族、地域社会に至るまで、永続的に好影響を与えうる強力な手段であることを理解していました。タケダのワクチン事業では、ノロウイルスとデング熱の2つの重要なワクチンを中心に、グローバルなパイプラインの構築に貢献しました。最近では、医療系企業に成長およびベンチャー資本を提供するFrazier Healthcare Partners社にてベンチャーパートナーを務め、Frazier社とタケダが協力しノロウイルスワクチンの臨床開発を目的として設立したHilleVax社の誕生にも尽力しました。

当社のワクチン事業を統括する、グローバル ワクチン ビジネス ユニット プレジデントのラジーヴ・ヴェンカヤ(Rajeev Venkayya)は「タチさんは常に患者さんを中心に考え、日本や世界の健康増進のために全力を尽くし、機敏性や緊急性の意識も高く持つ、医師で科学者でした。彼のこの考え方は、学術界、産業界、そしてグローバルヘルスの分野での彼の全行動と実績に見て取れます。彼が私に教えてくれた全てのこと、与えてくれた機会、そして今後も共に歩み続けるであろうインスピレーションに、心から感謝しています」と、故人を偲びます。

代表取締役社長 CEOのクリストフ・ウェバー(Christophe Weber)は、「私は幸運にも2003年にタチさんと共に仕事をする機会に恵まれ、彼の患者さんに対する情熱と献身的な姿勢に即座に感銘を受けました」と語ります。

山田氏は、武田薬品への入社以前、ビル&メリンダ・ゲイツ財団のグローバルヘルス部門総裁(エグゼクティブ・ディレクター)や、グラクソ・スミスクライン社の研究開発部門の会長、米ミシガン大学の内科学部長などの要職を歴任し、ライフサイエンスの分野でリーダーシップを発揮しました。

山田氏のご逝去の報に接し、心からご冥福をお祈りするとともに、ご家族、ご友人、そして深い親交のあったすべての皆さまに、心より哀悼の意を表します。彼の旅立ちは惜しまれますが、彼の功績と人々へ与えた影響、彼が遺した偉大なレガシーは、これからも永続的に人々の心に留まることでしょう。