アクセシビリティ機能を有効化 アクセシビリティ機能を有効化

新たな道を創り、希望を紡ぐ

T-CiRA Beta Cell Therapy Project
伊藤亮


“tandem”

企業とアカデミア。異なる立場の研究者たちが、T-CiRAでは「両輪」として新たな力を生む。伊藤亮はその力を生かし「新たな道」を見出している。


iPS細胞は「希望」

「これだ!」と魅了されたiPS細胞

「製薬会社は病気そのものを治せる薬をあえて作っていないんじゃないですか? 病気が治ってしまうと、薬への需要がなくなるでしょうから」

異業種の人からの言葉は私の胸に鋭く突き刺さり、悔しい気持ちでいっぱいになりました。私はT-CiRAに参画する前から糖尿病治療薬の創薬に携わってきましたが、ひとつの薬を世に出す過程は、真っ暗な道をひたすら進み続けるようなものでした。タケダに就職してからずっと、「糖尿病患者さんを助けたい」という一心で研究開発に取り組んできましたが、決定打となる治療法を作ることができず、理想と現実、自身の思いと他者の目のギャップに悩まされました。

iPSC002_01.jpg

そんなジレンマを払拭する「希望」が、iPS細胞技術でした。iPS細胞由来膵β細胞を糖尿病モデルマウスに移植したところ、症状が改善したのを見て、「これだ!」と魅了されました。iPS細胞を使うことで糖尿病の原因に直接アクセスでき、根治できる可能性に胸が躍りました。「これで、患者さんを本当に治せる!」本気で、iPS細胞に賭けようと思いました。

私たちのプロジェクトでは、ブリットル型と呼ばれる重症の1型糖尿病の治療法確立に取り組んでいます。この病気は現在、インスリン注射しか手立てがありません。インスリンを分泌する膵β細胞をiPS細胞から作製し、体内に移植することで、血糖を長期に渡りコントロールできるようにする細胞治療を指しています。

iPSC002_03.jpg

私の原点

大学の研究室です。先輩と一緒に定期的にラボのコーヒー豆を選びに行っており、その行き来で研究の話に花を咲かせました。研究テーマはアストロサイトの評価でした。


臨床応用ならではの課題

根治療法を現実のものにするため、すなわち研究室での成果(「できる」)を臨床(「使える」)にするには、まだ課題もあります。

一つは移植細胞の安全性の担保です。私たちは、数十億ものiPS細胞由来β細胞の移植を計画していますが、この数は現在臨床で検討されている他疾患での前例とは桁違いの多さです。少量でも未分化細胞が混ざっていると、移植後に腫瘍を形成する可能性があるため、事前に取り除いておかなければいけません。現在、その評価系の構築に取り組んでおり、他疾患においても役立つのではと思っています。

二つ目は細胞製造です。製造は、誰が何回行っても高品質の細胞を大量に作れることが肝要で、安定性と高い精度が求められるところが研究とは大きく違います。iPS細胞への理解に加え、工学分野の技術や知識が必要となるため、容器メーカーなどとの協働とともに、その双方のスキルをもつ人材をT-CiRAでも育成できたらと考えています。

そうして作られた細胞を体内に移植する際のデバイス探しも、1型糖尿病に対する細胞治療に欠かせません。1型糖尿病では自己免疫によりβ細胞が破壊されてしまうため、免疫機構を免れる特殊なデバイスに入れて移植する必要があります。T-CiRAはデバイスに関するノウハウが乏しいため、武田の他部門やベンチャー企業を含む医療機器メーカーなどとの協働を模索しているところです。


「ニューノーマル」を実現させる力

自由な発想、広い人脈
アカデミアの研究者と組む強み

T-CiRAへの参画は私にとって大きな転機になりました。iPS細胞を使った治療法の開発だけでなく、アカデミアの研究者と二人三脚で研究開発を行うスタイルは斬新です。

iPSC002_04.jpg

私は2004年から、企業研究者として創薬に携わってきましたが、アカデミアの研究者は研究の進め方や考え方が全く違うと感じています。型にはまらない自由な発想や豊富なアイデア、さらには他機関・他企業の研究者や医師など、広い人脈を持っています。この人脈の広さは、治療法開発の上での選択肢を広げ、ひいては多くの患者さんに新たな治療を届ける上で非常に大きな力となります。一方、企業研究者が得意なのはチームプレーや「選択と集中」です。実際には、同プロジェクトでPIを務める豊田太郎講師(京都大学iPS細胞研究所)が、全体の研究の方向性を示すとともに、iPS細胞技術のサイエンスや論文発表を含む外部への発信、そしてスピード感ある研究を実現するための全体的な進捗管理を私がリードしてプロジェクトを運営しています。企業研究者とアカデミア研究者、両者の強みが合わさることで、1+1=「2」ではなく、「3」にも「4」にもなっているように感じています。

iPSC002_06.jpg

とは言うものの、この「産学一体のチーム」はまだ完全に理想的な状況にはなっていません。その一つが、論文についてです。アカデミア研究者がキャリアを築いていく上で論文発表はとても大事です。対して企業では商品化を見据えていることもあり、論文化を控えることが多々あります。その点がT-CiRAに参画しているアカデミア研究者にとって非常に悩ましく、どう折り合いをつけていくか今も模索しています。

また、所属が違えば指揮系統も異なりますし、それぞれの構成員のみがアクセスできる情報も存在します。これらを変えるのは私たちの力では難しいですが、できる限りの情報を共有したり、オン・オフでも交流を行ったりして、両者間の壁を作らないよう常に意識しています。

iPSC002_05.jpg

私にとってのT-CiRA

アカデミア・企業が入り交じり、研究分野も多岐に渡り、また多くの企業との共同研究をかかえ……T-CiRAは「異なる領域の研究者との交流を通して道なき道を築く場所」です。

道なきところに道を創り出す

私は7年前に網膜剥離の手術をしました。以前は大半の人が失明していた病気ですが、今では手術とレーザー治療により数日の入院でほぼ治るようになりました。医療の進歩には驚かされます。

iPS細胞技術にも患者さんのQOL(生活の質)を大きく変える力があると私は確信しています。今まで有効な治療法がなかった病気においても、網膜剥離のように、50年後には日帰りでiPS細胞による治療を受けられるようになるかもしれません。そんな「ニューノーマル」を実現させる力がiPS細胞にはあると信じています。

iPSC002_07.jpg

これから仲間になる方へ

T-CiRAは、絵具のパレットのように、いろんな色が混ざってこれまでにない色が生まれ、それが絵となる場です。一緒に新しい色作ってみませんか?

またT-CiRAには山中先生の「予想と違う結果が出ても、ひらすらやってみましょう」という言葉のように、「失敗」に寛容な風土があります。T-CiRAがスタートした5年前は、今のように膵臓の組織を作れるようになるとは思いもしませんでした。

「道なきところに道を創る。」これが、まさにT-CiRAの醍醐味だと思います。プロジェクトが始まってからこれまでの5年間は、チームワーク作りに必死になっていましたが、これからの5年間はもう少し「遊び」を取り入れ、人材育成などにもじっくりと向き合っていけたらと思っています。これからも日々勉強、日々挑戦です。

iPSC002_02.jpg



PROFILE

iPSC002_profile.jpg

伊藤 亮(いとう りょう)

武田薬品に入社後、旧創薬第一研究所にて糖尿病治療薬研究に参加。T-CiRA Beta cell therapyプロジェクト(1型糖尿病に対する細胞医療の研究)のタケダの研究チームリーダー。CiRAの豊田太郎講師と共に研究に勤しみ、iPS細胞由来の膵島様細胞(iPIC)の作製に成功。デバイスと組み合わせて臨床応用をめざしている。