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薬剤性肝障害のリスクをゲノムから予測する

T-CiRA’s Science Series

新薬開発では、細胞などを使った「前臨床試験」についで、健康な人や患者さんを対象に「臨床試験」を行い、薬の効果や安全性、投与量などを確認します。ところが、臨床試験の段階で安全性に問題が見つかり、開発が中止になる例が少なくありません。その主な原因に「薬剤性肝障害」があります。肝障害リスクを予測できれば、新薬開発や医療の大きな助けになります。そこでT-CiRAでは、ゲノム情報から肝障害のリスクを数値化することに取り組みました。さらに、肝細胞やiPS細胞から作製したミニ肝臓を使った実験で、このリスクスコアが発症予測に役立つことを確かめました。

・Publication
Polygenic architecture informs potential vulnerability to drug-induced liver injury
Masaru Koido, Eri Kawakami, Junko Fukumura, Yui Noguchi, Momoko Ohori, Yasunori Nio, Paola Nicoletti, Guruprasad P. Aithal, Ann K. Daly, Paul B. Watkins, Hisashi Anayama, Yvonne Dragan, Tadahiro Shinozawa & Takanori Takebe
Nat Medicine (2020). https://doi.org/10.1038/s41591-020-1023-0

薬剤性肝障害の起こりやすさは多数の遺伝子多型と関係

薬剤性肝障害は新薬開発を中断させる最大の要因です。新薬の開発には10数年にも及ぶ長い年月と多くの人手や資金を必要とするので、薬剤性肝障害が発生して開発中止に追い込まれることは、製薬企業にとっても社会にとっても大きな損失です。臨床試験段階での中止は特に損失が大きいので、これを回避するために前臨床試験の段階で肝障害リスクを予測する方法が求められてきました。

これまでに薬剤性肝障害が報告された150種類以上の薬について、肝障害を起こした人のゲノム情報が国際的な組織に集められ、ゲノムと肝障害の関係が解析されています。その結果、薬剤性肝障害を起こした人に特徴的な遺伝子の多型(遺伝子の中にある、人により異なる塩基配列の部分)がわかってきました。

そこで、私たちは国際組織のデータを利用して「PRS(ポリジェニックリスクスコア)」という数値を算出し、肝障害の予測に使えるかどうかを検討しました。PRSは、単一の遺伝子多型ではなく、複数の遺伝子多型と病気のリスクの関連を見積もるために考案されたものです。大勢の患者さんの病状と遺伝子多型の関係を調べることで個々の遺伝子多型が病状に与える影響の「重み」を求め、その重みを用いて、対象とする人や細胞のゲノム情報からPRSを算出します。今回は、800人以上の患者さんのデータを用いて、ゲノム中の2万箇所以上の遺伝子多型の重みを求め、PRSの算出に用いました。

iPS細胞から作ったミニ肝臓で肝障害予測可能性をチェック

まず、PRSを用いて前臨床試験で肝障害を予測できるかを検討しました。前臨床試験では、細胞などに新薬候補を加えて安全性を確認します。私たちは、ゲノム情報が明らかになっているヒトのiPS細胞からつくったミニ肝臓(図1)や肝細胞を使って実験を行いました。

図1 iPS細胞からミニ肝臓をつくる

ミニ肝臓は、肝臓のもとになる3種類の細胞をいっしょに培養することで作製でき、立体的で血管などの組織をもつ。ゲノム情報がすでにわかっているiPS細胞からミニ肝臓を作製することでPRSと肝障害の関係性の評価が可能になる。右上の写真はミニ肝臓の集まりを顕微鏡で観察したもの。右下の写真は特殊な光をあてて観察したもの。色の強弱などから細胞の生存状態がわかる(赤=細胞死、青=酸化ストレス、緑=胆汁貯留)。スケールバーは100 μm。

 

実験では、ミニ肝臓や肝細胞のゲノム情報からドナー毎のPRSを算出すると同時に、肝障害を起こすことが知られている12種類の薬剤を添加して生存率や細胞障害について評価しました(図2)。すると、PRSが高いほど細胞生存率が大きく低下することが認められました。この結果から、PRSによって前臨床段階で薬剤性肝障害の起こりやすさを予測できることがわかります。この方法によって、将来、使いやすい薬剤安全性の評価システムができることが期待されます。

図2 ミニ肝臓や肝細胞を用いた実験で、PRSと肝障害の関係を確認

iPS細胞からつくったミニ肝臓や肝細胞に薬剤を加えて細胞の生存率を観察した。一方、ミニ肝臓や肝細胞のゲノム情報からPRSを算出した。12種のどの薬剤を加えた場合も、PRSが高いと細胞生存率が低いことがわかった。

 

リスクスコアによる発症予測を臨床的に活用する道も

次に、実験的にではなく臨床的に薬剤性肝障害が起こるかどうかをPRSから予測できるかを検討するため、3種類の薬剤の臨床試験で実際に肝障害を起こした人のゲノム情報から、一人ひとりのPRSを算出しました。この数値を肝障害を起こさなかった人たちと比べると、肝障害を起こした人では明らかにPRSが高いことがわかったのです。

「このゲノムを持つ人は肝障害を起こしやすいということがわかれば、治療する医師も薬の選択がしやすくなると思います。使おうとしている薬に副作用があるかどうかを予測できれば、PRSを副作用診断薬のように使えるようになるのではないでしょうか」と、この研究を担当した川上絵理主任研究員は語ります。また、新薬の臨床試験では、PRSが高い人を対象から外して開発失敗のリスクを避けるなどの活用法も考えられます。

さらに、肝障害の起こりやすさが、どのような遺伝子と関連しているのかを探ったところ、特に酸化ストレスに対応するときに働く遺伝子と関係がありそうなことがわかりました。つまり、PRSが高い人は酸化ストレスを受けやすいと考えられるため、薬を投与するときに抗酸化剤を併用することで副作用を予防できる可能性があるのです。

川上主任研究員は、「PRSは肝障害だけでなく、さまざまな薬剤の副作用の予測や回避に活用できそうですし、こういう人には効果があって、こういう人には効果がない、というように、薬効を評価するのにも使えそうです」と、今後の展開を期待しています。