Shonan Incubation Labs (RNA結合蛋白質に関する研究)

プログラム概要
Shonan Incubation Labs (SIL) は外部の著名な専門家と武田薬品の研究者が湘南ヘルスイノベーションパーク(Shonan iPARK) にてオープンイノベーションを実践する『学 in 産』の非常に画期的な共同研究プログラムです。 2015年4月から2018年3月までの期間、慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之先生(写真中央)、新潟大学大学院医歯学総合研究科の矢野真人先生(写真右)とRNA結合蛋白質(注1)に関する研究を共同で行いました。本共同研究における取り組みおよび成果に関して、岡野栄之先生、矢野真人先生および武田薬品の本研究リーダーの野上真宏(写真左)にインタビューしました。(現在、新規SILプロジェクトの募集は行っておりません)

RNA 結合蛋白質の研究から病気のメカニズム解明へ

SILで実施した研究概要について教えてください。
岡野先生:
RNA結合蛋白質をテーマとした共同研究で、3つの重要なRNA結合蛋白質であるQuaking5 (Qki5)、 Musashi、 FUSについて、矢野先生が得意とされるHITS-CLIP法(注2)やヒトiPS細胞技術を用いて生理機能や中枢神経系疾患における役割などについて解析しました。さらにバイオインフォマティクスを駆使して中枢神経系の細胞種特異的に発現するRNA結合蛋白質や新規の病態関連RNA結合蛋白質を探索し、見出したRNA結合蛋白質の役割を明らかにする研究を実施してきました。

SILオープンイノベーション研究課題としてRNA結合蛋白質研究が採択された際のことを教えてください。
岡野先生:
当時、RNA結合蛋白質の基礎的な研究に関しては、臨床応用研究と比較してなかなか研究が進捗していない部分がありました。そのようなタイミングで、武田薬品の研究者と強いチームを作り、共同研究できるということで非常に嬉しく思ったのを覚えています。これまでの我々の研究において、RNA結合蛋白質のいくつかについては神経系の高次機能や疾患と密接に関係していそうだという感触を持っており、さらに掘り下げた研究ができると思いました。
矢野先生:
そうですね。採択された際には非常に嬉しかったと同時に興奮したのを覚えています。当時、個人的にもRNA結合蛋白質に関する研究で研究費を獲得することは非常に困難で、本当に渡りに船のようなお話だったなと。今までやってきた研究が一気に進めていけると感じたのと同時に、RNA結合蛋白質の新規機能を見つけるという大きな夢をもって始めることができました。

研究での成果やトピックについて教えてください。
矢野先生:
2017年に論文発表したQki5が神経幹細胞の制御因子であることを明らかにした研究に加え(注3)、RNA結合蛋白質の遺伝子制御性ネットワークにおいて、病態ネットワークに非常に強い影響力がある分子の発見を試みました。この研究の成果としては、野上さんがネットワークハブとなる非常に重要なRNA結合蛋白質を同定されました(2019年2月現在 論文投稿中)。このように当初目標としていた、これまでの研究を進めるのと同時に、さらにおもしろいRNA結合蛋白質を見つけるということを同時並行で達成できました。 
野上: 
私たちが持っていない先生方の非常に特色ある技術を教えていただき研究できるという時点で、自分達の想像を超えるような研究になると感じていました。実際に、岡野先生や矢野先生がお話されたように非常に大きな成果を得ることができ、期待以上の良い研究ができたと考えています。

実際にどのように研究を進めていかれたのでしょうか?
矢野先生:
毎月1回、朝9時から夕方5時まで熱気のある会議が開催され、議論する時間が足りなくなることも頻繁にありました。これまでに経験がないくらいサイエンスにフォーカスした白熱した議論ができていたと思います。今思い返しても、本当にもう一度できるかなというぐらいRNA結合蛋白質についての話をしましたね。最高に楽しい時間でした。
岡野先生:
普通、このような共同研究の会議では、実験過程でのトラブルシューティングの議論が多かったりしますが、この研究の会議では、次にどうするという話が多くできてよかったですね。例えば、大学院生と研究プランに関するミーティングをやると、私が話している検討内容が学生にとって本当に膨大で、冗談を言っていると思われてしまうこともあるようですが、本共同研究では次の会議までにそれを達成してしまうということがたびたびあって感激しました。
矢野先生:
野上さんが武田薬品内のハブとなって、核酸研究者やバイオマーカー研究者、神経科学の薬理研究者など、様々なスペシャリストをディスカッションに呼んできてくれました。その人達と真剣勝負のディスカッションができたのはとても嬉しく、どうやって興味を引くかを考えながら会議に臨むことは楽しかったですね。このようなディスカッションの場は研究を進める上で大変刺激になりました。
野上:
企業にはそれぞれの分野のエキスパートが揃っており、多様な議論展開を基に最適な方法で早くデータを出すことに長けているのだと感じました。一方で、良いと思ったものを研究に取込む先生方のスピード感やそういった姿勢には圧倒されました。企業研究においても意識している部分ではありますが、特に先生方は際だっているのではないかと感じながら研究を進めていました。

産学でギャップを感じた点はありますか?
岡野先生:
武田薬品は、1990年代の終わりごろ、ヒトゲノムに包含されている未知のG蛋白質結合受容体(GPCR)を調べてGPR40のような新たな受容体を見つけ、そのリガンドを検索するというような最先端の研究をされておられました。その結果がネイチャー誌に論文を発表されるなど、サイエンスのレベルは以前から高かったのですが、創薬が生業であり論文は出せるときに出すというスタンスだったと思います。武田薬品だけでなく他の製薬企業もすごい研究をしているけど、医薬品として認可されるのはごく一部です。それ以外のデータはどうしているのか。製薬会社内で眠っているデータをもっと公開していくことは人類の科学の進歩に貢献できるのではないか。武田薬品の研究者の方にはもっともっと論文を出していただくことを期待したいです。 もっとたくさん書けると思いますよ、野上さん(笑)。
野上:
製薬会社で働く身としては、極めて低い確率でしか薬を世に出せないというジレンマを常に抱えて研究しています。ですが、創薬の過程で取得した膨大なデータを社会に還元できたら、患者さんや社会のためにもっともっと貢献できるのでは、と日々感じています。直接的に自社の創薬に結びつくものではないかもしれませんが、間接的に研究を前進させるフォースになることから、企業における研究成果を公表していく気運は高まっていると思います。

武田薬品の研究者の研究姿勢、研究所の印象について感じたことはありますか?
岡野先生:
これまでにもいくつかの共同研究を武田薬品と実施してきましたが、非常に優秀な研究者がいる一方で、研究の進め方には慎重で堅いイメージをもっておりました。今回の取り組みでは、アジリティ(俊敏性)をもって、臨機応変に研究を進めることができ、武田薬品への印象が本当に変わりました。多くの研究成果がでたことは、野上さんをはじめ、武田薬品の研究者の姿勢も重要だったと思います。
矢野先生:
今回の研究成果を発表したSIL エキスパート シンポジウム(2018年7月開催) ではShonan iPARK に入っているテナントの方々も話を聞きに来て下さっていて、武田薬品でもオープンイノベーションが推進される環境になってきていると感じました。

最後に、今回の共同研究について、また今後の展望に関してコメントをお願いします。
岡野先生:
製薬会社も、イノベーションを起こす為にはアカデミアのように基礎的で最先端の科学研究を行うことが本当に当たり前になっています。日本でこのような取り組みを実施できる企業は多くありませんが、学会のシンポジストをこれから野上さんが務められるように、日本の製薬会社でも最先端の科学研究をやれる人材や環境が十分にあると思っています。今回の取り組みは、日本の企業においてもそんなことができるという良い例になったのではないかと思います。
矢野先生:
今回の共同研究では、私はアカデミック以上に自由にかつスピード感をもって研究が進められたなと思っています。まさに青春といえる人生でも非常に楽しい3年間であったと感じています。アカデミアに限らずサイエンティストとはこうあるべきだということを体現でき、このようなスピード感で研究を進めていくべきだというものを体感できました。
岡野先生:
今後の展望ですが、RNA結合蛋白質研究という枠組みのなかで基礎的な部分にしっかりとフォーカスして研究できた結果、次への道も開けてきたと感じています。今回の成果については、論文として発表できているものもあるし、現在準備しているものも続々と世に出していきたいです。また、次の共同研究テーマに発展できる可能性を秘めている成果も出てきており、連続性を持って研究できることは非常に素晴らしいと感じています。本研究で得られた数々の研究試料やデータは今後の様々な研究に利用され、RNA結合蛋白質研究という枠に留まらず、さらに拡がっていくことを期待しています。

【注釈説明】
(注 1)HITS-CLIP(high-throughput sequencing UV cross-linking and immunoprecipitation): 包括的 RNA-蛋白質相互作用部位マッピング技術。ゲノムから転写された全転写産物のどこに RNA 結合蛋白質が結合しているかを生体内において捉え、一塩基レベルの解像度で 結合部位を包括的に明らかにすることができる方法。

(注 2)RNA結合蛋白質: RNA(リボ核酸)に結合する蛋白質群の総称。

(注 3)論文タイトル:An RNA-binding protein Qki5 regulates embryonic neural stem cells through pre-mRNA processing in cell adhesion signaling (邦訳:RNA 結合蛋白質 Qki5 は、細胞接着シグナルに関わる mRNA スプライシングを担う ことにより、胎生期神経幹細胞を制御している) 著者:矢野(早川)佳芳*、陶山智史*、野上真宏、湯上真人、古家育子、周麗、阿部学、崎村健 司、竹林浩秀、中西淳、岡野栄之**、矢野真人** (*共同筆頭著者 **共同責任著者)


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